トライアングラー 1 −まれびと来たりて−

 たとえ十数年を経ても、色あせること無く、鮮やかに。目を閉じればいつもまぶたの裏に浮かぶ、優しい微笑み。
(・・・ミチルさん)
幾度、その名を呼んだのだろう。彼女自身が失われた後も胸の内でくり返したその声は、
もう生前呼んだ数を越えてしまったかもしれず、ただ面影を記憶の渕から誘う呼び水でしか無いのだが、それでも。
隼人はその呼びかけを、記憶の中での戯れを、止めようとはしなかった。不惑を越えた男が。
もしも再び逢えたなら、己の腕の中に閉じ込めて決して離さないと思っていた。――が、しかし。
(さて、どうしたものか)
隼人はそう胸中で一人ごちたものの、この事態は予測の範疇である。なにせ「ここ」に行くことを判断したのは自分なのだ。

 今は真ゲッターロボに乗り込み、行動を共にしているのは竜馬と弁慶との三人旅、という気楽な身分だが、
かつてはタワーの司令官として、数多くの部下やスーパーロボット軍団のパイロット達を指揮した能力と実績がある。
隼人はゲッターチームの頭脳として、情報収集や行動の予測、運用などをこなしていた。
竜馬は「頼りにしてるぜ」などと軽口を叩くが、実際の所は面倒事を押し付けられてるだけな気がする――だが。
真ゲッターロボが故障するという非常事態に至り、のんびり口ゲンカを楽しんでいる余裕は無く、
残り少ないエネルギーで手近な異空間に飛び込んだのだった。
 自分達がいた世界に近いパラレルワールド。それが分かりさえすれば「どこ」へ行くべきなのかは明白だ。
「早乙女研究所」――そこでゲッター線を収集しているに違いない。そこで真ゲッターロボの修理が出来る。
幸いにも、この世界の早乙女研究所はいまだ健在だった。その所長、早乙女博士は我々の味方をしてくれるだろうか。
自分達どころか、人類の敵である可能性も無いとは言えず、隼人は状況を知るべくこの世界の情報の収集に励んだ。
結果的にその懸念は杞憂に終わり、博士は「鬼」という人外の敵との戦いに身を投じた、気骨ある研究者である事を、
侵入したデータベース内の報告書から読み取り、隼人は安堵の息を漏らした。ただ一時だけ。
 次の瞬間には、文書の続きにある「早乙女ミチル」の名が目に入り息を呑んだ。いるのか、今。――生きている。
しかしして、彼の鋭敏すぎる情報処理能力は、その衝撃を感情で受け止めきる前にモニター上の文字を読み進め、
そして知った。「早乙女ミチル」は現在、早乙女研究所の所長代理として対外的に知られており、
その地位を過不足無く勤め上げるに足る能力を有している事を。
更に数秒の後には画像の彼女と対面をして――つくづく実感した。
『才色兼備』という言葉を。
怜悧な光を湛えた切れ長の目、きゅっと結ばれた意志の強さを感じさせる唇にはルージュが引かれ、
栗色のロングヘアは艶やかに流れている。
 その歩く才色兼備、早乙女ミチルと相対した今、隼人の胸中に起こったのは「抱きしめたい」という
衝動では無く・・・・・・観察対象を見るような、冷静な好奇心だった。

 観察対象は、困惑していた。
早乙女研究所で時空間の異常が検知され、同時にゲッター線感知センサーが凄まじい数値を示した。
鬼が出現する前兆というよりは、先頃ゲッターチームが帰還した状況に近いのだが、ゲッター線の数値が半端では無い。
注視した時空の歪みの中から、赤い鋼鉄の巨人が姿を見せた時、喰い入るようにモニターを見ていた人々は、
唯々圧倒された。全体を現したその巨人は皆が知るものより、大きな体躯と複雑な形状をしていて――
けれどまぎれも無く、ゲッターロボだった。
 巨大ロボットを導き入れた格納庫に、降り立ったパイロットは当然のごとく三人。竜馬と隼人と弁慶。
見た目というより、ほぼ勘のようなレベルでそうと分かるのだ。理屈では無い。が、それでも違和感はついて回る。
特に「弁慶」――目が合った瞬間に笑いかけられた、いかにも人の良さそうな偉丈夫は、
ミチルの隣にいる「武蔵坊くん」とはだいぶ様相が異なっていた。
三人の中央に陣取っている「竜馬」はミチルの知る「流くん」と印象はあまり変わらない。
明快にして闊達、細かい事象にはこだわらない・・・のだろうが、二十代後半と思わしき彼が、
旧知の間柄のように、壮年の男二人に対して遠慮なく軽口を叩くのが、不思議と言えば不思議だった。
最も背が高く、目を引くのは「隼人」――そう、つい視線が彼を追ってしまうのは、背が高くて目立つからだ、
とミチルは自らに言い聞かせた――その彼の顔には無数の傷跡。
 古傷のようだが、昔の戦いで付いた傷なのだろうか?昔――何かがあったのか。
そして隼人と弁慶は同年代くらいに見えるのに、竜馬だけ飛び抜けて若いのは何故なんだろう?
彼らは何のためにここに来たのか?あのゲッターロボはどれだけの性能を持っているのだろう?
とにかく尋ねたい事はたくさんありすぎて迷うほどだったが、誰に聞くべきなのかは、はっきりしていた。
説明をさせるのに「隼人」以上の適任者はいない。
ミチルは自分よりも高い位置にある瞳を見上げると、意を決したようにアルトの声を紡ぎ出した。
「初めまして、早乙女ミチルです。どのようなご用件でいらしたのか・・・説明して下さるのよね?」

 “初めまして”。それに、敬語。彼女の対応は――正しい。少し残念に思うのは、こちらの勝手な感傷に過ぎない。
だから隼人はにこやかに、初対面の人間に対するに相応しい、儀礼的な笑みを作って答えた。
「どうも。神隼人といいます。早乙女研究所の所長代理に会えて、光栄です」
「――ここの情報は機密扱いのはずですけど。どうして私の役職を知ってるのかしら」
「失礼。正確な位置情報も知りたかったし、事前に少し情報収集を。調べ物は得意な方なので」
聞いた者からすれば、謙遜にも程がある、というセリフを隼人は平然と吐いてみせた。
「まあぁ」
ミチルは大仰な声をあげて、傍らの青年を振り返る。
「どうしましょう、神くん。ウチの情報、よそから侵入し放題みたいよ?」
わざとらしい問いは、青年の神経を逆撫でるための皮肉らしい。
察するに、情報防衛のためのプログラムを組んだのは彼なのだろう。
「いいえ。見たのは防衛省の資料です。時間が惜しかったので、入りやすい方を選んだのでね」
防衛省のネットワークセキュリティとて、侵入をたやすく許すような物では無いはずだが。
ミチルの傍らにいた男は、何も語らず長い前髪の向こうから隼人を鋭い眼差しで捕らえていた。
突然現れた訪問者を、その能力がどれ程のものか、胸の内で計っているのだろう。
(もう少し愛想良くしていたら、もてるんじゃないかな。整った顔立ちをしているんだし)
と、隼人が思うのは、ある種うぬぼれと言うのでは無かろうか。
紹介など、必要無かった。彼もまた、神隼人だ。――この世界の。

 壮年の隼人の説明は、要点を捉えていて的確そのものだったが、聞き手の方はいささかまとまりを欠いていた。
早乙女博士はギブアンドテイクの概要――真ゲッターロボの修理に必要な資材の見返りに、
より進んだ技術の塊であるこの機体の情報を得ること――を取り決めると、早速データを収集したがったし、
それはこの世界の、年若い隼人も同様であるらしかった。瞳が探究心にギラギラと輝いて、まるで獰猛な獣のよう。
一方で、ここの竜馬と弁慶はゲッター線の話には興味は示さず、初めて逢った「別の世界の自分」に単純な好奇心を現していた。
竜馬同士で「お前、どれくらい強いんだ?」と話してる様子からすると、すぐさま手合いでも始めそうな勢いだ。
円滑にこの場を進めたいらしいミチルは、話を聞かずに真ゲッターロボの方へ歩みを進めた博士の背中に
「お父さん!」と強い口調で声を掛ける。
「お前が聞いておいて、後で説明してくれ」
「嫌よ、二度手間じゃない!」
確かに。
 隼人は古傷の走る目元を細め、ミチルを眺めた。
視野が広くて、合理的。凛とした美貌も相まって、総じてクールな印象を受けるのだが、
こういう聡明な人間は話が早くて好きだ。先程、年若い隼人に対して皮肉を言ってのけた様子から見ても、
中々に手ごわい女性であるようだが。自分の知る「ミチルさん」であったら、こんな場合どうするのだろう。と
隼人はふと考えた。まずは説明を、と求めないような気がする。
遠方からやって来た客人を気遣って、休息を勧めるのではないだろうか。
そういえば、気にする程ヤワな体はしていないが、到着してから格納庫にずっと立ちっぱなしである。
「・・・ごめんなさい。最近特に、父は頑固で」
「気にしてませんから」
「ずっと立ち話なのも心苦しいけれど、ここで続けてもらって良いかしら。
作業をしてても、神くんは耳に入ってれば、内容覚えているから」
おや、と幾らかの感慨を抱いて、目を瞬く。気遣いが出来ないのでは無い。優先順位がはっきりしてるのだ。
 今も、多分、余計な事は聞くまいと、自らの好奇心を抑えている。
ちらり、と男の左手に視線を走らせたのを、聡い隼人は気付いていた。結婚しているかどうか、が気になるようだ。
確かに、41歳という年齢を考えれば、結婚していてもおかしくは無い。しかし仮にしていたとしても、
機械をいじる事の多い工学系の人間は、邪魔だったり危険だったりするので、結婚指輪はあまりする習慣が無い
(早乙女博士も嵌めてはいなかった)。
つまりは尋ねてみないと分からないのだが、そういう無駄話に相当する事をミチルは口にしなかった。
そもそも、そんなプライベートな事が気になるのは、自分への興味というよりは・・・

「――あ、そうだわ」
その時、しばし物思いに沈む隼人の思考に、ふいに投げかけられたミチルの言葉が、
波紋のように広がり――さざ波を起こした。
「神さん、と呼べばいいのかしら」
「・・・・・・そうしてくれると、有り難い」
かろうじて、それだけを答えた。答えられた。
そして思い知る。
自分を、「隼人くん」と呼ぶのはたった一人だけ。――早乙女ミチル。それは、目の前にいる、
栗色のロングヘアの女性だって、そうなのに、でも。この人にそう呼ばれたくは無かった。はっきり分かった。
ずっと、たった一人のために、とっておきたい。
何てことだろう。心が狭すぎやしないだろうか。
大体、ずっと年の離れた目上の人を、名前にくん付けで呼ぶ訳が無い。常識的に。
逆に年下である彼女を呼ぶには、相応しいだろうけど。
「じゃあ、早乙女くん」
「はい」
時間にすれば、ほんの瞬きほどの隼人の動揺に気付かなかったミチルは、律儀に返事をする。
その二人に視線を送っていたのは――真ゲッターロボを見ていたはずの、年若い隼人だった。
二人の話は耳に入っている。そのはずだったから、ひっかかる物を感じたのかもしれない。
ミチルには気付かれなかった動揺も。しかし平静を取り戻した隼人は、もはや老獪の域に達したずるさを身に付けている。
真意の読めない笑顔を貼りつけて言い放った。
「――何かな、青年?」
「青年って言うな」
「だって分かりやすいじゃないか」
「じゃあ、あんたの事はおっさんと呼ぶが。それでいいんだな」
「どうぞご自由に」
そんなものでは、意識して構築した余裕は揺るが無い。
「もう、本当に目上に対する礼儀がなってないんだから。貴方は」
憤慨したのはミチルの方だった。
確かにさっきから端々、聞こえてくる会話の中でも、青年は早乙女博士を「早乙女」と呼び、口調もいわゆるタメ口である。
その態度をたしなめながら、でも。ミチルは全然怒ってない。彼を見る時の視線はいつも温かく――ある種の熱を帯びていた。

「早乙女くん」
こちらに振り向くのに合わせて、長い髪がさらりと揺れた。
「何か質問はあるかな?」
「いいえ。――今のところは」
そう、一通りの説明は済んでいた。この世界にやってきた彼らの背景、事情、要望も。
あとは個人的な思いだろうが――多分、彼女は尋ねないだろう。「結婚していますか?」その問いを。
「この世界に近いパラレルワールドから来た」と告げた。実際、ゲッターロボに乗っているし、
竜馬、隼人、弁慶はチームであり、友人だ。人間関係が両方の世界で似通っているのは明白である。
だから、壮年の隼人に妻がいれば、それはこの世界の隼人の未来の妻と同じ名である可能性が高い。
それが、気になる。――というのは、つまり。
ミチルはこの青年が好きなのだ。
そこまで読みきっているものの、隼人はミチルに、自分が愛した人の話をする気には、なれなかった。まだ。
大体長いし、初対面の人にする話では無い。
同様に、目の前の隼人とミチルの関係も――例え深くても、初対面の自分に言う事も無いだろう。
 ミチルはわりと他人行儀に青年の事を「神くん」と呼ぶけれども。
彼女は礼儀正しい。博士に対しても、本人には「お父さん」と呼びかけながら、他者に話をする時には「父」と言う。
それと同じ、わきまえたスタンスなのだろう。だからきっと、彼だけを呼ぶ時には。
その声音には、今とは違う色を帯びているのだろう。艶が、華やかさが、籠めた熱が。
それを、彼は受け取る。刻み付ける。忘れない。そもそも、神隼人には、忘れるという能力が無い。
多分、彼も、自分と同じだ。
(・・・・・・どんな風に、呼ぶんだろう)
それを知る機会は訪れるかもしれない。真ゲッターロボの修理が終わるまでのその間。時間は、あるのだから。
本来、来るはずの無い世界にやって来た異邦人の自分。
触れるべきで無い軌跡が交わったその時――それは、どんな図を描くのだろう。









隼ミチ前提で「チェンジ!!ゲッターチーム(物語終了後)が、新ゲッターチーム(物語後半の頃)の所にやって来た」
それだけなんですけど・・・やってみたら長かった。共有するべき情報をいちいち語ってたら、本当に長いので結構カット。
何も知らずにチェンゲチームに会ったら、真っ先に気になるのは、竜馬が凄く若い事だろうと思うのですが、
それは二次創作でわざわざ言を費やして説明する事じゃ無いしなー。とりあえず、隼人達がお互い、
何て呼ぶのか確認した所で終わってしまいました・・・。まずは初顔合わせ。ちなみに「まれびと」は漢字で書くと「客人」です。
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