トライアングラー 2−Tea Break−



 規則正しいハイヒールの靴音が、廊下に響く。早足の部類で繰り返されるその音は、食堂の手前に来てやや緩んだ。
中から漏れ聞こえる、楽しげな歓談の声に興味を引かれる。
複数の男達の談笑――しかしその中の二つの声は同一人物と思えるほどに似通っていた。
食堂に足を踏み入れたミチルは、長テーブルの一角を占拠した四人に視線を送る。
そこには、同じ名前を持つ男達が二組存在すると言う、いささか奇妙な光景があった。
(流さんと車さんと、流くんと武蔵坊くん――)
とミチルはそれぞれを呼んでいる。
真ゲッターロボチームと、ゲッターロボチームの、一号機乗りと三号機乗り達が集まっている。
この場にいない二号機乗り達の居場所は、ミチルは心得ていた。さっきまで一緒にいたのだから。
 食堂に置かれたコーヒーメーカーから、中身を注いだカップを手にしたミチルに、
車弁慶が気さくな笑みを浮かべて手招く。
「俺達の仲間が映った写真を見てるんです。一緒にどうですか?」
先程の楽しげな様子は、それ故なのか。
覗き込めば、研究所での集合写真らしい、「あちらの」早乙女博士を中心とした面々が映っている。
「同じようでも、やっぱあっちの世界は違うよなあ。向こうじゃ、弁慶さんの前にも三号機乗りがいたんですって」
ほら、この人、と武蔵坊が太い指で示したのは、手前に映った恰幅の良い男だ。
「彼は、巴武蔵。俺の先輩です。・・・戦いの中で、亡くなったんですけど」
少し寂しげに笑うと、車は写真の中の早乙女博士の隣にいる女性を指し示した。
「こちらが俺らの世界の“早乙女ミチル”さん・・・です」



そうだろうとは、思った。博士の隣という位置からしても。
しかしパラレルワールドに同じ人物が存在している、と言ってもそれぞれに似ている加減は異なるらしい。
「竜馬」、「隼人」は声は寸分違わないし、外見もよく似ているが、「弁慶」は苗字も違うし、人となりも異なる。
この写真を見る限り、「ミチル」も随分異なるようだ――小さな子供を構っている様子からすると、
この子の姉であるようだし、別世界の早乙女家は家族構成も違うのかもしれない。
「誰かさんと違って、優しそうだよな」
と、こちらの竜馬が茶化すので
「そうね。とっても可愛らしいわね」
笑顔で睨みつけてやった。自分は到底、可愛らしさとは無縁である。
 微妙に険悪化した空気を察してか、車が慌てたように話題を逸らす。
「ミチルさんは、休憩ですか?」
「ええ、まあ。真ゲッターの方を父と・・・神隼人の二人と一緒に見てたんだけど、抜けてきたの」
「何か問題が?」
「逆」
「・・・どうかしました?」
「うーん。そうね、ゲッター線をエネルギーに、研究所もロボットも動かしているのはここも同様だけど、
真ゲッターロボが用いてるゲッター炉は、より先を行ってると言えるわ。エネルギー変換効率がずっと良いから。
ただ扱いが難しくて、そこの技術ハードルを越えるのが至難の技・・・で」
滔々と話を進めていたミチルは、向かいに座った面々の表情を見て言葉を止めた。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す様子からは、言わんとする事が伝わっているようには思えない。
「例えるなら、核分裂のエネルギーで原子力発電をするのに、ウラン型とプルトニウム型があるけど、
こちらはプルトニウム精製の段階で詰まってるようなものね。より高度な技術が必要だから――分かりづらいかしら?」
例えも持ち出してみたものの、更に話をややこしくしてしまったらしい。
車はうなづきつつ話に付き合ってくれたが、他の人は目を逸らしてしまった。武蔵坊に至ってはこっそりあくびをしている。
ミチルは軽くため息をついて、車に向き合う。
「・・・今と、同じ事です。私があの科学者チームと一緒にいても、役に立たない・・・それよりも
私に噛み砕いて説明している時間そのものが、余計に掛かるの。今みたいに。だから抜けて来たんです。
私がいない方がむしろ、問題無く進行するわよ、あの人達」
「なるほどね、分かります。・・・ミチルさん」
「はい?」
「気に病む事は、無いですよ。・・・隼人に追いつけないとか、そういう事、全然。
むしろ任せてしまってラク出来ると思った方が」
テーブルの上でカップを手で包み込みながら、穏やかに笑った。
別に除け者にされて淋しいとか、思っていたわけでは無いのだが・・・車の言葉には、反論しようとする気が失せる。
これは彼の人柄が成せる技なのだろうか。
「あら、気にしてくださったの?・・・大丈夫。父は昔からそんな感じでしたから。慣れてるんです。
貴方達は神さんの事・・・信頼しているのね」
「まあ付き合い長いので。こちらも慣れてるって事ですね」
人のいい笑みに、つい釣られる。どこか構えていた気持ちが楽になっていた。
「そちらの、ミチルさんはどうしてました?・・・天才たちの、話に入り込めない時には」
「いや、全然気にして無かったと思いますけど。自分の出来る事をするだけだって。
・・・そうだな、いいタイミングでお茶を差し入れてくれました。おいしかったなー。ミチルさんの特製紅茶!」
相好を崩す姿は嬉しそうで、見ている方にもその明るさが伝播する。
「素敵な人なんですね」
ミチルは食堂にやってきた時から比べれば、大分楽になった気分で席を立つ。
カウンターにカップを返しつつ、「一服する」という言葉をあらためて捉える。お茶を飲む事と一休みする事。
それは気分をリラックスさせてくれる。
いまだ歓談を続ける面々に軽く手を振り、食堂を出る。
応接室そばの給湯室なら、ティーパックでは無い茶器セットが揃ってるはずだ、と思いながら。

 ていねいに茶葉から紅茶を淹れると、香りがいっそう際立つ。
淹れながら、車に「ミチルさん特製紅茶」がどういった物か聞けば良かった、と思ったが、今更食堂に戻るのは面倒だ。
お茶請けの品は無かったが、ルバーブのジャムがあったので、代わりにと小皿に出して添えた。
ルバーブはシベリア南部原産の野菜で、よくジャムにして食べられる。
日本ではあまり広まって無いが、涼しい気候で良く育つために、軽井沢付近で多く栽培されていて、
浅間山にある早乙女研究所では、珍しく無い食べ物だ。特にロシアンティーにするとおいしい。
博士と、二人の神隼人。どうせ彼らの話は尽きなくて、まだ研究室に詰めているのだろう。
 その予想は寸分違わず、ミチルが立ち去る前と変わらない様子で、
博士と壮年の隼人はパソコンの画面を見ながら、何事かを話合っている。
二人よりもドア近くにいた、年若い隼人がミチルの姿を認めたので、
軽くお盆をかざして見せると、手を伸ばしてティーセットを受け取った。
「まだかかりそう?」
「・・・当分な」
話込んでいる二人をちらり、と見やり、声をかけるだけ無駄だと判断したのか、適当な分量のジャムを取って紅茶に入れる。
あ、とミチルが止める間も無く、次々と他の人の分も入れてしまった。
隼人は案外、甘党である。彼曰く、脳を働かせるのに、糖分は良い栄養なのだそうだ。
彼好みの結構な量を投入してしまって良いのだろうか、と思うものの、ルバーブのジャムは早乙女博士も好きだし、
もう一人の隼人は――結局の所、「隼人好みの甘さ」なのだから、構わないかもしれない。
 年嵩の男二人は話に集中してたものの、青年が差し出したロシアンティーを受け取り、ほぼ同時に口を付けた。
――次の瞬間。傷跡の走る目元をわななかせて、隼人がほんの短い間、立ちすくんでいるのを・・・
ミチルだけが、見ていた。彼には甘すぎやしないか、と気にしていたから。
驚いた様子だったのは2、3秒。その後には早すぎも、遅すぎもしない挙動でティーカップをソーサーの上に置き、
「ちょっと・・・トイレに行ってきます」
とその場から立ち去ってしまった。
ミチルは慌ててその背中を追う。
(やっぱり・・・口に合わなかった?まさか、吐き出したいとか?)
部屋を出れば、思ったより遠いスーツの背中。隼人は足早に廊下を進んでいる。
追いかけよう、とした足は、先を行く隼人が角を曲がった時点で、止まってしまった。
年月を重ねた男の横顔。一瞬しか見えなかったが、その目に浮かんでいたのは・・・涙。
泣いている、ようだった。

 廊下に、呆然と立ち尽くすミチルの姿は、奇妙に映っていたのだろう。
「どうしたんですか?お盆を持ったまま、ぼーっとしちゃって」
懸けられた車の声に、我に帰る。いまだ驚きから抜け出せず、珍しく戸惑いながら声を発した。
「あ、ああ・・・。今、お茶を持って行った帰りだったので・・・。車さん、いります?
ルバーブジャムのロシアンティーなんですけど」
言ってから、しまった、と思った。車とはさっきまで食堂で一緒だったのだ。お茶はもう十分なはずだ。
そんな事に思い至らないほど、自分は動揺しているらしい。
けれど、そのかすかな後悔を、車の表情が吹き飛ばした。破顔一笑。
「ルバーブのジャム!久しぶりだなー。いただきます!ミチルさんが淹れてくれた思い出の味なんで」
車の笑顔と、隼人の涙。その理由の一端が――分かったような気がした。

 嬉しそうにロシアンティーを飲む車の向かいで、ミチルは落ち着き無くソファの表面を撫でていた。
結局、再び紅茶を淹れるのに、茶葉の残りとジャムの瓶が置いてある給湯室まで戻った為に、
その近くの応接室でティータイムとなったのだ。
「あの・・・その、貴方達の世界の“早乙女ミチル”のお話を伺いたくて・・・」
「・・・・・・」
車は、その無骨な手に似合わぬ繊細な仕草でティーカップを置き、己の膝の上で手を組んだ。
「ミチルさんは・・・ずっと前に、亡くなっているんです」
意外でもあったし、どこかで予想していた事でもあった。ただ。
「俺らの感覚で十六年前・・・。ミチルさんは二十歳でした」
「二十歳!?」
びっくりするほど若い。今の自分よりも年下だ。
「ゲッターチームの一員で、パイロットだったんです。それで・・・昔に、俺達の乗っていたゲッターロボの
後継機の開発中に・・・合体実験の時、事故があって」
車弁慶は、明言を避けた。より正確を期すならば、彼女の死は事故死では無いのだが。
だが、言葉を濁した事をミチルは別の意味――ショックの強い事柄を、曖昧に表現しようとした思いやりなのだ
と解釈したようだ。
「合体中の・・・事故。じゃあ、他の機体に乗ってた人が・・・いたんですね」
「一号機に竜馬、二号機には隼人。ミチルさんが・・・三号機でした」
ミチルはぎゅっと膝の上で握りこぶしを作っている。うつむき、肩口から零れ落ちた栗色の髪。その毛先が揺れた。
意を決したように顔を上げるのに合わせて。
 紡ぎ出された疑問は、すでに答えを知っているかのようだった。
「その、亡くなったミチルさんって・・・神さんにとっては、どういう人でした?」
確認の為の問い。ただそれはとても真摯に発せられたから――車も真摯に答える。
「最愛の人です」
いまだ現在形。答えはとてもシンプルなのに、籠められた想いは重みを持っている。
「あの、時には冷酷非情だと言われた隼人が、ミチルさんといる時はホントに優しい瞳をしてて・・・
二人は幸せそうだったのに」
けれど二人は死をもって引き裂かれた。
「そう・・・ですか」
そして彼は、思い出の味に涙するほどの情動をまだ、抱えている。

 車が去った後、使用した茶器を洗っていたミチルは、研究室に置いてきた分も取って来なければ、と思い至った。
行ってみると部屋の中には、スーツ姿の男一人だけがいた。さっきまでの話題の人物。
なんとなく、彼の傷の残る顔を真っ直ぐ見れなくて、持ち帰るべき茶器に目をやると、
それに気付いた隼人は無言の内に、茶器を集めるのを手伝ってくれた。
その察しの良さと、音の無い空間の重さに、ミチルは息が詰まりそうになる。神隼人に隠し事をするのは難しい。
気になっている事は、聞いてしまった方がいい。
「先程、車さんに皆で撮った写真を見せてもらったんです・・・。他の世界に“早乙女ミチル”がいると
いうのが不思議な感じで。神さんが他に彼女の写真を持っているなら、見せて欲しいわ」
「無い」
「え?」
「持って無い」
答えは拍子抜けするほど、あっけなかった。
「・・・親しかったって、聞いたんですけど」
親しかった。この前まで、結婚しているのでは、と思ってたのに、今は過去形で語る。
その抑制された物言いだけでも、ミチルが車にどこまで聞いたのかは察せられた。
彼女が沈んだ表情をしているのは、そのせいか。
「形ある物を残して無くても、覚えているから」
淡々と事実を述べる。それから話題を切り替えるように、付け加えた。
「ロシアンティー、ありがとう。おいしかった」

 聞きたいことは、結局口に出せなくて、沈んだ思いはまるで紅茶に溶けきらなかったジャムのよう。
ミチルは一人、手の中のジャムの瓶をぼんやりと弄んだ。
つまりは、何も知らないままにミチルが添えたルバーブのジャムが、年若い隼人が自分好みに入れた分量が、
「ミチルさん特製紅茶」の味を再現し、その記憶に・・・彼は震えた。
十数年前の味覚。普通なら、忘れてしまって当然。だが神隼人は、時間の経過で記憶が色あせるなど――ありえない。
それとも。
(覚えていたいから・・・忘れないのか)
視界の隅に、自らの胸元を常に飾る十字架のペンダントを認めて、軽く握った。
愛した人の味を再現する事。ミチルにとってそれは日常的だ。何せ、料理の腕は、今は亡き母親譲りなのだから。
例えば、毎朝のお味噌汁。それを食べる度に自分は泣かないし、夫であった早乙女博士だって同様だ。
情の篤さ、というよりは、人は哀しみに直面し続けていられないのだろうと・・・思う。
愛する人を失った痛みを、自覚し続けていたらきっと心が壊れてしまう。普通の人、だったなら。
(ずっと・・・想い続けて、いるの?)
それが本当は聞きたかった事。
けれど今なお鮮やかな、彼の思い出に触れること、そこに踏みこむ事は――ためらわれた。
侵しがたい聖域であるかのごとく。









チェンゲ隼人は新ミチルさんが、誰を好きなのかを知りました→「1」
新ミチルさんはチェンゲ隼人が、誰を好きなのかを知りました→「2」 新隼人は言わずもがなです(笑)。
――で、何か発展した・・・のか?出てくる人が冷静な大人ばっかりで、ちっとも進みません。
そんな中、車弁慶は良い潤滑油・・・なのですが、「いい人」止まりで、損な役回りでごめんなさい(でも弁慶はそんな感じ)。
さすがに冷静沈着を念頭に置いて書くと、隼人は動いてくれないし、素っ気無い。
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